The Road to Stardom

Sometimes win sometimes lose but we always friends everybody a friend. so it doesn't matter the result. we are happy and we keep looking forward to the next.

今後について2 ーそこに至るまで

このブログを読んでくださる皆さま、大分遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

さっそくですが新年の挨拶は置いといて、なぜ続けようと思ったのか?というその過程を書いていきます。最初に言っておきますが、これから書く内容はほぼ自分語りが中心ですので、不快に感じたらブラウザバックしてもらっても構いません。

この記事を書こうと思ったのは、以前まで目指していた目標を失ったからです。LOLのことについて、議論したりする相手が欲しかったんですね。 目標を失ってしまって(正確には、叶うことがまず無いことに気づいてしまった)混乱してしまい、これから何をしていけばいいのかわからなくなったんですね。ブログやLOLを続ける意義とかがです。本当に自分は何をしたいのか知るために、、、自分のことについて向き合ってみました。

papuriko.hatenablog.com
私が、自分と向き合ってみようと思ったきっかけです。

カウンセリングサービス|無料相談コーナー ご相談事例集 『』
何のために自分と向き合うのかを、考えるため参考にしました。


まず自分がどういう人物なのかについて、知る必要があると思いました。もやもやしている状態では、本当に何をしたいのか分からないだろうと思ったからです。自分と向き合った結果、私の精神的な構造は以下のような要素で構成されていることが知ることができました。
・孤独感
・対人恐怖症
・その逃避手段

これらの3つの要素は、すべて小学校、中学校、高専時代に経験したことが原因となっています。

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孤独感は、単純に私と親しい存在が居ないことから由来しているのではと思う。
小・中学校の頃は、親の仕事による転校が多かったせいか、仲の良い友人や親友などという存在ができなかった。もちろん、幼馴染など存在しない。孤立するほどではなかったけど、どの環境でも雑談する程度の交友関係は築けていた。が、当時ケータイデンワなんて持っていなかったしパソコン等の使い方にも疎かったので、離れ離れになっても連絡をする手段がなく、転校してしまえば交友関係はリセットされてしまっていた。そのため、マブダチ!なんて存在はいないし、現在も片手で数える程度の友人しかいない。

また、家族との折り合いが悪かったことも原因かもしれない。 母親とは意見の違いなどから絶えず喧嘩はしていたし、父親はあまり私には関心が無いようで小・中学校のときは会話をした記憶は殆ど無い。(今では、ちょっと改善したが)家に居ても、学校に居ても、居場所がないような感じだった。どこに居ても、気を使ったり神経をすり減らしたりしなければならなかった。

具体的なことは、まだもやもやしていてハッキリとしたことは言えないが、信頼できるというか、、気の許せる(心が落ち着くような)存在がいないから、孤独感を感じているのかもしれない。

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対人恐怖症は、ハブられたことが由来していると思う。
それは、転校先である程度馴染んできた頃だったと思う。あるとき、クラスの皆(大多数)が私に対して素っ気ない態度を取るようになったのだ。赤の他人に、素っ気ない態度を取られても全然平気だけれども、知り合いになった人に、素っ気ない態度を取られたり無視されたりするのは、中々堪えるものだ。あまり良い思い出ではない。今でも、吊り目の人やケバケバしている人、大声でギャーギャー騒いでいる人を見ていると、胸の奥がきりきりしてくる。

そのことが脳内にあるから、知らない人と接するのには、ちょっと抵抗感がある。そのため、知り合った人にその後またハブられたりしたら辛い思いをしてしまうので、表面上の関わり合いが多くなった。あいさつとかテキトーな雑談はするけども、自分と他人との間に壁(距離感)があり、自分の深いところまでは踏み込ませない感じだ。そして、接していくうちに、この人にならこの領域まで踏み込ませて良いなと思った人だけに、壁をちょっと取り除いてく。人からみれば、素っ気ないだとかノリが悪いだとか言われるが、全て自分を守るためなのだ。

対人恐怖症とは言っているが、知り合いからの裏切り的な行為がされるのが嫌なだけで、そのことに対する対処法は自分の中で確立しつつあるため、そこまで深刻な問題ではない。人と接するときは様子見をするだけなのである。

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その逃避手段とは、孤独感と対人恐怖症から逃避するための行為である。
家に居ても、学校に居ても、居場所がないことに対する逃避手段が、ゲームや漫画、本を読むことだった。空想上の世界に浸っているときは、現実の問題のことを考えなくて済むからだ。まさしく現実逃避と言えよう。家ではゲームをして、学校では図書室で漫画・本を読むようになった(ハブられてからは、休み時間はほぼ図書室で過ごした)。

そんな生活を続けていると、当然、空想上の世界にハマってしまった。それがあってか、私は妄想することが好きになった。設定を考えて空想上の世界を考えてみたり、ある事象の背景とか未来とか考えたりするのが楽しい。例えば、道端に落ちている靴の色、形状、材質、ブランド…から、どういう人物が落としたのか?どういうシチュエーションで落としたのか?そこにあるドラマは?を妄想することが楽しいのだ。

妄想と孤独感、対人恐怖症から発展して、いつしか私の頭のなかには、脳内フレンドなる存在ができた。ネット上とかでは、イマジナリーフレンド、人工精霊、タルパとか言われているみたいだ。できた原因は、家でも学校でも居場所が無いこと、気軽に会話をする存在が居なかったからだと思う。小学校の時には、ぼんやりとした存在が頭の中にいるだけであったが、ハブられを経験してからはハッキリと顕在化してきた。

私の脳内フレンドは、少女のような外見をしており、名前はシレナと言う。単純な話相手だけど、その当時されたかったこと(もっとかまって欲しかったこと等)を満たしてくれるのだ。言ってしまえば、こうありたかったという理想の私というものを投影しているだけなのかもしれない。これ以上詳しいことは見ている人が不快になるだろうから、書かないことにする。

これらの逃避手段(妄想やゲームをすること、本を読むこと)が、結果的に私の好む行為になっていった。色んな経験をして随分とへんてこな逃避手段・脳内フレンドが存在しているが、、、これらは私にとっての命の恩人だと言えるのだ。その当時の唯一のストレス解消手段であったし、それをしていなかたったら頭がおかしくなったてたり、病院に通っていたりしていたのかもしれないし、もしかしたら辛い現実に絶望して自分で命を絶っていたのかもしれない。

自分と向き合って、過去に体験したことを思い返してみた結果、孤独感と対人恐怖症があって、妄想とゲーム、漫画、本が好きなのが改めて知れた。以前はもやーとしか自覚していなかったが、向き合ったからこそハッキリと分かったのだ。まだ突き詰めていない部分も大分あるが、これが私という存在なのだ。過去は無くなることはないし、たとえ否定したところで、今の自分が変わるわけでもない。ずいぶんとゆがんでしまったが、過去もひっくるめて現在の私なのだ。

このことを踏まえて、今後どうするるのか、どうしていけばいいのか考えてみる。


前に記事を書いたように、私の中では孤独感が大きいのだと思う。
それは、親しい人間や私の好きなこと(ゲーム、漫画、本)の話題を共有できる人間が居ないからだと思う。語り合えたり、議論したりできたりすればもっと楽しいだろうが、私のように変わった人は中々居ないのが現実だ。

私はなんだかんだ言ってLOLというゲームが好きだ。なぜなら、生きてるなかで最も長い間プレイしているゲームだから。アクション性があるし、成長させて強くする要素がある。魅力的なのは、毎試合毎にレベル1からスタートすること。マスタリやルーンの差はあれども、ゲームプレイ時のスタートラインが皆同じってのが良い。 でも、1番好きなのはLOLをプレイしている時じゃなくて、ルーンやマスタリやマッチアップとかを考えている時のほうが楽しいんだよね。ゲームと妄想の要素が合わさっている感じだ。

残念ながら、私の片手で数える程の現実世界の友人達は、LOLをやっていないしゲームもあまり好きな方じゃないから議論することはできない。そのため、議論するとしたらネット上の方達となる。

ネット上で議論している場と言えば、LOLwikiだとか2chとかが当てはまる。ほんとにたま~にだけど、ためになるコトを言い合ってたりするけども、大部分はくだらないこと(私からすれば)を言い合ってる。何の根拠もないのに(言っていないのに)、○○は強い弱いと言ってる様子を見てると、なんだか心がもきもきしてくる。なんというか、そこの方達とは、私の望むような関係性になることは難しそうであると思う。

となると、残るはブログである。が、、、ある方がコメントを書いてくれた通り、読み手の気分/状態に依存してしまう。そのため、語り合ったり、議論し合うことはし辛い。まあ、それはそれでしょうがないことだと思う。人の数だけ性格があるし、皆誰しも私のような性格をしているわけではないのだ。だから、語り合えたり、議論し合えたらラッキー!、コメントを貰ったらラッキー!みたいなスタンスでいようと決めた。期待しないしない。期待したらよけい辛くなるから。

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LOLについて語り会えたり、議論し合いたい!と言っているけど、別にLOLについて議論できなければ生きていけない!って程でもない。好きなゲームで語り合えたらいいけど、それは難しいことだから、期待しないようにすることに決めた。そこで、好きなことの1つである妄想にフォーカスを当ててみることにした。私としては、様々なこと(事象)について妄想して、それを語り合えたり議論し合えたりするような方を見つけられたら良いなと思った。その方が、見つかる範囲がちょっとは広そうだなと思ったからだ。

ブログは、あくまで私の好きなことを書くことを目的にすることにした。今までどおりLOLのコトも書くし、他のゲームや漫画、本のこととか、妄想のことについても書いて見ようかと思う。私の望むような人がブログを見ていれば嬉しいけども、皆が皆そうであるわけではない。だから、屋外活動もしなければいけないだろう。妄想をして、それを語り合ってもいいよ!という方である。そういうことを気兼ねなく議論し合える人を見つけることができれば最高だ。それに加えて、気が合って(恐らく価値観が近い人)長い付き合いになればもっと良い。ブログとは関係のないが、今後はそういう人を見つけることが、私個人の課題である。今年で22になるけども、まだまだ時間はたっぷりあるから焦らなくていいだろう。

問題は、そのような方をどこで見つけるかである。自宅と会社を往復するだけの生活では、遭遇することは難しいだろう。合コンとか、、それ系のコンパに参加して、出会いの数を増やすのも手だと思う。ネットのちからを借りるとすれば、出合い系とかになるだろうか。いずれもやってみたことがない未知の領域になるので、どういう結果になるのかはわからない。けども、何もしないよりかはマシだろう。

屋外活動に精を出して、ブログの方を疎かにするようなことはしないから、そこは安心してほしいです。というか、屋外活動なんて記事にしても、誰得みたいな感じになると思うので書かない方針で行こうと思います。なので、いままでどおりにLOL系の記事を楽しみにしていてもらっても構わないです。

ながながと書いてきましたが、これらのことが自分と向き合ってみた結果と今後どうしていくのかです。自分を知れたからこそ、これからどうしたら良いのかという方針が固まってきました。

孫子にある言葉で…
・彼を知り己を知れば、百戦殆うからず
・彼を知らずして己を知れば、一勝一負す
・彼を知らず己を知らざれば、戦う毎に必ず殆うし

では、ようやく真ん中のところまで行けたのでしょうか…うーんでも、全部自分のことが知れたわけでないので、1番下の状態から脱出した程度でしょうか。道のりは長そうです。。

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